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BD-D:段位認定の考え方

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B-D:「段位認定の考え方」

 「段位認定の考え方」では、庵主の意見をまとめてみます。以下にサブテーマを記しますが、順次内容をアップしていきます。(現在は一部 ‘工事中’ です)

 サブテーマ1:B-D-1 ≪段位認定の考え方≫
 サブテーマ2:B-D-2 ≪段位の考え方≫ 
 サブテーマ3:B-D-3 ≪六段以上は必要か?≫ (工事中)
 サブテーマ4:B-D-4 ≪段位認定の功罪≫ (工事中)
  

B-D-1 ≪段位認定の考え方≫

 日本では物事を伝統文化にする際に、その会得度と権威を明らかにするために段位等を設けることが多いのですが、これは多分世界的に見ても珍しいことではないかと思います。それは資格好きという日本人に適合した素晴らしい制度ですが、段位というものが出来たのは比較的最近のことでもあります。昔は「免許皆伝」とか、「師範允許(いんきょ)」とか言って、トップの人にだけ権威を認めたようです。或いは、どこどこの道場で習ったということが権威の裏付けにもなりました(家内の先祖にはお玉が池の千葉道場で北辰一刀流の剣術を習った人が居たそうです)。しかし段位というものは無かったようです。いつ頃から段位というものが生じたのかはとても興味があるところですが、どうも江戸時代の名人碁所であった本因坊道策が囲碁において導入し、それが将棋でも採用され、明治時代になって、武道や芸道などに広がっていったようです。最高の段位は通常は十段ですが、例外も多く、現在のプロの囲碁界・将棋界においては、最高の段位は九段です。剣道・柔道では八段、弓道では九段。素人そば打ちでは五段です。武道においてはたとえば柔道の場合、柔道(講道館柔道)を興した嘉納治五郎が講道館を設立する際に囲碁・将棋を参考として段位制を明治時代に導入したのが始まりです。剣道・弓道では大正時代に大日本武徳会が段位制を導入し、その後、柔道・剣道・弓道とも段位制の下位に級位制を導入し十段を最高位とする段級位制が確立しましたが、その後上記のように変っていったようです。なお弓道では錬士・教士・範士という呼称も使われ、五段錬士・七段教士・十段範士という言い方もされます。つまり十段に相当するのは範士だということです。空手道では会派によって異なりますが、最高位として十段があります。
 級位というのは段位の下に位置するもので、最高級位は1級であり、数が多いほど下位となります。最下位は認定団体によって異なります。そばの世界では級位はありません。
 
 これらの段級位は全て法人格を持つ団体が認定するのが普通ですが、時には個人道場において段級位を定め、それがある程度の認知が得られれば権威を持つこともあります。そばの世界でも豊後高田市と高橋邦弘氏が主宰する段位認定があり、2015年2月には豊後高田そば道場で第10回豊後高田流そば打ち段位認定会を催しています。その後の開催は確認できていません。個人主宰の段位というものは継続性に問題があり、どうしてもそれは一時的なものになり勝ちです。
 
 全麺協の素人そば打ち段位認定会は1995(平成7)年9月8日に福井県の池田町で第1回が開催され、初段33名が認定されました。別項でも述べたように段位は初段から五段まであり、それ以上の段位は設けないという規約になっていることから、最高段位は五段です。
 初段位と二段位はそば打ちの普及のためにあると言っても良いもので、合格率を90%以上に設定しています。特に決まりはありませんが、そのようにしているようです。2015年に行われた日光の審査では初段位24名、二段位24名が全員合格しました。要は基本的なことを守っていて、時間内に終了できれば、多少出来は悪くても合格させようというのが趣旨であるように見受けられます。
 三段位になると急に敷居が高くなり、そば打ちの指導者としての資質が問われることから、合格率も60~80%位になります。この合格率は応募者の多少や、地域差によって異なると言われ、地方の小さな会が主催する場合には合格率は高いと言われています。そのためもあってか、あるいは地元での審査で不合格になった場合には、他県で審査を受ける人も多くいます。
 四段位は会を指導できる師範的な位なので、合格率は40~60%位になっています。しかも書類選考もあるので、実質的には20~40%程度と言って良いでしょう。庵主の場合を振り返ると、会から19名の応募があったそうですが、会長が推薦状を書いたのは13名だったそうです。そして1次審査(論文などの書類選考)を通ったのは9名、2次審査で合格したのは4名でした。実質30.8%の合格率でした。
 五段位となると、人物や見識、そして全麺協や地域への貢献度が審査対象になり、意見発表などでは貫録も見られることでしょう。実技は生粉打ちでかなり難しくはなりますが、それをこなすことができる人が受験しているのですから、主として人物主体の審査であると観ることもできるのではないかと思います。貢献度さえ重要ではないことが、見物してわかりました。なんと10年以上に亘って全麺協の役員として貢献してきた人が落ちたのです。合格率は1次審査では分かりませんが、2次審査の場合、2015年・南砺五段審査会では35.0%でした。おおよそですが、20~40%の合格率と見て良いでしょう。
 
 そばの段位は単なる飾り物とするものではありません。それぞれの段階で責任が伴ってくるものです。三段からは指導が、四段からは会の運営と指導、五段では地域や全国的な活躍が期待されています。それは必ずしも全麺協の役員として貢献するということだけでなく、そば文化普及のための活動であればどんなことでも良いのではないかと思います。
 庵主は執筆という仕事を抱えていることから行動で貢献することはできないため、HPという手段でそば文化普及に貢献したいと考えています。
 

B-D-2 ≪段位の考え方≫

  段位を取得すると人は変わるものです。ある人は自尊心と自信と向上心を持ちますが、多くの場合、この段位は尊大と傲慢を生みます。これに打ち勝つことはどうも容易ではないようです。庵主が見ている限りでも、段が昇段するたびに態度が大きく変わる人がいました。人間は数年でそれほど態度を変えることはできないものですが、段位はそれを大きく加速させます。
  つまり段位が上になったら、それだけ人から見下げられないように威張るようになるのです。言葉遣いも態度も横柄になり、偉そうな口を利くようになります。確かに段が上になれば、下位の人に対して指導者としての貫録を見せなければなりませんし、言いたいことも言えるようになるのですから、丁度組織において昇進した場合と同じような現象が生ずるのも止むを得ないとも言えます。
  ですが中には上段者であっても物腰はとても柔らかで、丁寧な口遣いをする人もいます。要は人間性の問題なのです。庵主のこの考え方と全く同じ考え方を持っている四段の方を最近知りました。これまで接していても特に話す機会が無かったことから人格まではわかりませんでしたが、ある時食事をしながら蕎麦談義をしていたときに、この方が同じ考え方を持っていることを知りました。それはとても私に感銘を与えましたし、その方を尊敬することに繋がりました。
  段位というものは飽くまでも組織が決めた尺度であって、そばのような趣味の世界でそれが上下関係を生み出したり、人に命令できるようなものではありません。本当の上段者というものは品格も高く、堂々としていてそれでいて物腰は柔らかいものです。その言葉は人を感銘させ、さらに向上心を燃やさせます。そのような人を少なくともお二人知っています。実名は挙げませんが、一人は高名な蕎麦屋の店主であり、かつ名人と言われる技量を持ち、そば道具の製作者としても一流の腕を持つ人です。その教え方は非常に丁寧で、しかも理論がしっかりしており、誰をも納得させる説得力があります。弟子に対しても怒鳴ったり、けなしたりしたことは見たことがありません。もうお一人は組織の頂点に立つ辣腕家であり、その活動は日本のそばの世界では超一流です。その方に名刺を差し出したとき、わざわざ控室まで名刺を取りに行き、丁寧に私に下さいました。お忙しい中を申し訳なかったと思いましたが、その真摯、かつ紳士的な応対に感銘致しました。
  このように段位が人を尊大にするというのは俗説であって、元々の人格が段位が上になるほど明瞭に表れてくるだけの話しです。誰でも習いたての頃は大人しくしていますが、段位が上になるにつれてその本性が表れてきます。ですから段位が昇段するにつれてより自身をコントロールして、品性を磨いていかなければならないのです。それが「そば道」の本質だと思います。
 
  初段は初心者が正規の技法の基本を習い覚えたという段階の証明です。上手い下手は関係ありません。いわば武道で言えば、型を披露できるというレベルです。普通ならば初段を取得することで、増々技術を上げようという意欲に燃えることでしょう。しかしこれから上を目指すには、良き指導者や段位を向上させる意欲を持つそばの会に所属することが重要です。ほったらかしで単に楽しみだけでそばを打っている会では三段以上に昇段することは難しいのです。勿論、初段を取ればあとは独学でも向上は望めますので本人次第なのですが、どうしても会の雰囲気に流されるのが普通ですから、もし昇段したいと考えるならば、より向上心のある会に転会するか、会を変えずに独学で学んでいくか、あるいは他の会との交流の中で向上心を維持させるかを選ばなければなりません。
 
  二段は正規の技法をある程度こなせるようになったという段階の証明です。これも上手い下手は余り関係ありません。全麺協はそば打ちの普及のための組織ですから、とんでもない失敗をしたとか、時間内に終わらなかったとかでなければ不合格にすることはありません。そして合格したならば、次の段階の三段は階段を数段飛び上がるようなものだと評されるように、それは難しくなりますから、生半可な練習では不合格になることも予想されます。なぜ三段でいきなり難しくなるのかというと、まずそば量が1キロから1.5キロと1.5倍になることが大きな要因です。これは技術的にもかなり練習が必要となるからです。そして1.5キロという量は配布するのにも問題が生じてきますから、自分の周りに「そば環境」を作るように努力しなければならなくなります。それは惹いては友達を増やすことにも繋がり、親戚との交流も多くなってコミュニケーションの機会がとても広がります。特に都会に住む人にとってはこの副次的効果は生き甲斐を高めることになるでしょう。庵主は定年後にそば打ちを始めましたが、これを始める前は近所ともほとんど行き来がありませんでした。幸いそば打ちのお蔭で隣近所に配ることで人との繋がりが緊密になりました。少し離れた家の人とも喫茶店での出会いからいろいろな人に配ることができるようになりました。遠く離れた親戚にも、クール宅急便で送ったりして喜ばれています。もう一つの難関は切り揃えが良くないと落される可能性が大きくなることです。そば仲間で非常に早く終了して35分位で早々に終了の合図を出した人がいました。しかしその切り揃えが非常に悪く、案の定不合格となりました。ですから二段になってこれで満足と言う人はそのままそば打ちを楽しみにしていけばいいのですが、さらに三段を狙いたいと言う人は、1年間みっちり練習してこれに挑まなければなりません。
 
  三段に合格すると、人に教えることができるようになります。つまり三段から指導者としての資質を認定されるわけです。ですが三段に成り立てで偉そうに振る舞うことは絶対に止めた方がいいでしょう。まだそれほどの実力がいきなり付いたわけではないからです。ですが小さな会では三段の人が会長として会を指揮ったり、指導したりしているところは沢山あります。それはそれで会が円満に運営されていれば問題はありません。私が参加している会の会長は無段です。それでも実力はかなり高く、私よりも上手いと言ってもいいでしょう。私も会長の実力を認めていますし、段の有る無しは問題とはなっていません。四段の私が無段の会長から学ばなければならないことはまだ沢山有ります。そこは経験の差と言った方がいいでしょう。三段は実力的には十分であることを認められたわけですから、そこからは今度は自分の流儀を追及していかなければなりません。いつまでもただ言われたことを繰り返しているだけでは本当の「そば道」ではないからです。自分に合ったやり方や自分なりの考え方を養うのが三段の間に学ぶべきことなのです。幸いなことに、この自己修行の期間は2年間以上あります。この間に自分流が確立できたと思ったら、四段を受けるのも大いに意味があるでしょう。
 
  四段は師範に相当する段位ですから、それなりの尊敬の念を持たれる存在にならなければなりません。それを人を怒鳴ったり、命令したりすることで実現しようとする人がいますが、そのような品格の無い人には四段は相応しくありません。会によっては四段がごろごろしている会もあり、四段を取得しても存在感がない場合もあります。そのような場合には独立して会を新たに立ち上げるなり、武者修行に出掛けるのがいいでしょう。私の場合は執筆という仕事に集中する必要があるため前者は無理なので、後者の方法を取ることにしました。そば打ちの幅を広げることに集中していきたいと思っています。すでに一本棒丸延しや、エンボス麺棒を使った更科生粉打ちなどに挑戦しております。古きものも新たなものも、貪欲に吸収していきたいと思っています。

  五段は地域の指導的立場が期待される段位です。時には全麺協の役員としての活躍を期待されることもあります。庵主はまだこの段位に達していませんので偉そうなことは言えませんが、私としてはこれだけではなく、別の形での貢献も可能ではないかと思っています。それはHPによるそば文化の普及です。特に海外に日本古来のそば切り文化を広めるために、英語版のHPを立ち上げられれば最高の貢献と言えるでしょう。目下のところはそれを目指して鋭意努力しているところです。
 
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